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Q. 仕事上の信念、座右の銘といったものは何でしょうか?A. 常に物事をポジティブに考える癖はありましたね。それは、ゾルレンの問題だと言われたら、いや、ザインをゾルレンに変えて行く、現状を変えて行く。それによって、理想を現実化する。目標を現実化する。つまり、全部、これはポジティブな考え方だと思う。
座右の銘というのはないんだが、若い時には考えなかったが、常に思うのは、「過去を変えることは出来ない。しかし、未来を変えることは出来る」僕は、色んな所で使っている。ここ10数年、社員に講演してくれ、とか、若い人たちを前 にして喋る時、よくそれを使う。何も僕が考えたのではない。誰も、色んな人が言っていると思う。「過去を変えることは出来ないが、未来を変えることは出来る」というのは、ぼくにとって非常に素晴らしい言葉だと思っている。 Q. 社会人1~3年目、新入社員の苦労話や壁にぶち当たった時、どのようにして乗り超えて来られたのでしょうか? A. 僕は、壁というものがないんだ。常にポジティブに考えるから、壁というのは見えない。ある人にとって、壁かも知れないが、そんなのは、蹴飛ばしてぶち破ってしまえという考え。苦労話、チョンボした事は一杯ある。分からない事は自分で調べる、聞くという事で突破できる。期限までにやらなければいけないものは、徹底的に、徹夜してでもやる。だから、苦労でもなく、壁でもない。壁があるのだったら、壁を持って来い、という位の蹴飛ばし屋。常にポジティブに物事を考える重要さという事は、そいう事なんですね。 さっきの座右の銘ではないが、「過去は変える事が出来ないが、未来、将来は変えてみせる」という気持ちは、当時からあったと思いますね。 Q. 今までお話を伺ってきましたが、何事もポジティブに考えておられ、現在も第一線で活躍されておられますが、そのモチベーションの源泉は何なのでしょうか? A. 仕事もそうなんだが、何でもやることが面白い。実に面白い。今もそれなりに本を読み、読んで感激もする。面白くないのは、途中でストップする。自分の気持ちを若く保とうという意識も無い。さっき、73歳と言いましたが、自分では、やっと50歳位かなというイメージ。年の事も考えない、分からない。ただ、若い時に比べれば体調が悪いな、というのは出てきますね。若い時は、がんがん酒を飲んでいたが、最近は、ぐっと量が減った。そういうことで自然にブレーキがかかっているんでしょうね。 モチベーションというものの源泉は、何かというのは、非常に難しい。仕事というのは、非常に面白いと思います。銀行の時も面白かった、今も。モチベーションの源泉というのは、なかなか僕には難しい。モチベーションというのは、何かチャレンジするものというのを次から次へと作るし、与えられて来ると、それに対してそれを突破しようという気持ちというのは、若い時から同じシンプルなものかもしれませんね。 僕の精神構造というのは。若い時から同じ。あまり複雑じゃない、物事を出来るだけ Q. 今後の夢についてお聞かせ下さい。 A. どこかで今のソフトバンクをリタイアし、野球もなかなか優勝しないので、リタイアしきれない。プライベートな世界の中で、自分はもっと生きていたい、と思っている。最近は、論文とかなんとか、もともと余り人に言っていないのですが、現代詩に大変興味を持っている。途中までずっと書いていたのだが、仕事の方が面白くなって、ほったらかしにしている。又もう一度書きたいと思っている。 最近、96歳かのおばあさんが書いた本「あきらめないでね」ですね。ベストセラーになっている。ずいぶん本屋さんに積まれている。非常にシンプルですね。そのおばあさんが、多分自分の言葉でそのまま話した事を書き取ったレベルのもの。非常に素晴らしいとおもいます。僕は、ベストセラーを作ろうと思っているのではないが、なかなかそいう方向というのが、今後の夢という事であれば、そういうこと。 Q. 大学の後輩に向かって何かメッセージをお話下さい。 A. さっき言ったように、常にチャレンジする気持ち、チャレンジする気持ち。今、非常に不思議に思っているのは、最近10年間位、又信会東京在住の、東京の会社に就職しているのが非常に少ない。我々の時代で地元にチャンスが無かったという事があるかも知れないが、学年120名で30~40名が東京に来ていた。今、もっともっと人数が多くなっているのに、5~6名。これはどういう事か。 地元回帰、構わない。地方の時代、構わない。母数がもっともっと大きくなっているにも係わらず、だ。40~50人が東京でチャレンジする。そこから、外に向かって、海外に向かってチャレンジする事があってもおかしくない。非常に少ないので、びっくりするのと同時にチャレンジする気持ち、地元に残るのがチャレンジしないという風には思はないが、ある目的を持って、地元に残る、という事であれば、僕はいささかも反対しない。だけど、何となくそうだ、というのは、やっぱり宜しくない。チャレンジする為、自らの夢を実現する為に、地元あるいは東京、大阪へ、何となくという行き方は、若い人にやってもらいたくないね。まさに、言いたいのは、「過去は変えることが出来ないが、未来を変えることが出来る」という事で、常にチャレンジする気持ち、そういうポジティブな気持ちを持ち続けてやってもらいたい。 司会 : 笠井支部長 お忙しい中、時間を割いてのインタビュー、ありがとうございました。
司会進行 : インタビュアー : 陪席 : |