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又信会員A la Carte

黒川憲太郎君を偲んで
嶋津玲仁さん


今年4月23日夕刻、自宅の電話が鳴ったので受話器を取り上げると、若い男性の声で「私、黒川憲太郎の長男宗太郎です。早速ですが父憲太郎は昨日他界致しました。生前は父が大変お世話になり有難うございました。取り敢えず御礼とご連絡のためお電話しました。」私は突然のことで、どのように答えてよいか戸惑い、「ご連絡有難うございます。ご子息も気を落とされず、奥様にもその旨お伝えください。」というような返事をした記憶がありますが自信はありません。

一昨年の11月黒川君より相談したいことがあるので、お会いしたいという連絡があり、彼と面談したところ内臓の調子がおもわしくなく、現在通院している病院で手術をしてよいものか迷っているとのことでした。

私は勤務先が医師の人材紹介会社でしたので、社内で意見を聴取したところ、都内の某病院に肝・胆・膵の手術に評価が高くまた実績もある先生がおられ、多分当社から依頼すれば誠意ある対応をしてくれるという意見に接し、彼にその先生を紹介しました。それから一年半に亘り、癌の病魔と闘ってきました。精神的にはまだまだ負けてなかったと思いますが、肉体の方が先に限界にきたと思います。

今年の4月3日、又信会の後輩笠原諄一君と彼の自宅にお見舞いに伺った時はベッドに横になってはいましたが、食事も少量ながら摂っておられたし、我々が帰るときには玄関先まで見送ってくれましたので、それからわずか20日後に天国に行かれるとは全く想像もしていませんでした。

想い起こすと、今から40年以上遡った昭和44年。私はこの年の3月、香川大学経済学部を卒業し(経済17回)、銀行に就職、高松支店に配属されていました。学生時代は一年生から理論経済学研究会(通称理研)に入会し、主としてケインズ経済学と経済成長理論に取り組み、日夜?理研メンバーと口角泡を飛ばしていました。当時は金森・宮田・井原先生方に大変お世話になり、今から考えると顔が赤くなるような質問を度々していました。

卒業間際まで理研の部室には顔を出していましたので、3年次下の後輩(経済20回生)までは一応どのようなメンバーがいて、どんな性格をしていて、また経済学及び研究会に対する姿勢は積極的か否か等把握していましたが、4年以上下の学生は、こちらが留年しない限りスレ違いとなって普通は面識がないままで終わります。

経済18.20回生の理研メンバーは先輩の私の口から言うのもおかしいかもしれませんが、金森ゼミ生を中心に大変優秀な後輩が揃い(例えば就職先をみると、日銀・住銀・富士銀など大手金融機関に多数、又東大などの大学院に進学したものもいた)学外のゼミナール大会にも積極的に参加し、「香川の経済」に恥じない活動を展開していました。

ただ4年次下の後輩はどんな人間がいるのか少し気になっていました。そんな或る日、職場の帰途久しぶりに理研の部室を訪れますと、そこで紹介されたのが黒川憲太郎君でした。少し彼と話すと、これは頼もしい後輩だ、恐らくいずれ彼がキャップを担当することになろうが、それまでは理研は活発な活動を展開するだろう.というのが私の第一印象でした。物事に対して真正面から取り組み、常に自分の考えを積極的に打ち出していく、そんな彼の姿に安心すると同時に楽しみだなと感じました。

4年後の昭和48年黒川君は(経済21回生)期せずして私と同じ銀行に就職しましたが、残念ながら一緒に仕事をする機会には恵まれませんでした。ただ一度だけ昭和61年だったでしょうか、東京本店の大企業営業部門で彼は石油・エネルギー分野、私はリース・航空分野の担当で一年ほど隣同士で働いたことがあります。

其の時も彼の信条・生き方は変わってなく、常に課題に真摯に対応、真面目な仕事振りに社内外問わず信頼が厚く、上司からも大変期待される銀行マンでした。そんな彼と時々ゴルフを一緒にプレーすることがありましたが、ゴルフについても持論があり、スコアーは100前後と平均的な成績でしたが、常に自分の考えを主張し、ある意味ミスショットをしてもあまりくよくよ考えず、次の一打に前向きに取り組む姿勢でした。

伺うところによれば今年1月の転籍先の海外社内懇親会でもゴルフには積極的に参加されたとか、青い空と広いグリーンの芝の上で、爽快な気分になってクラブを振る彼の姿が目に浮かびます。

4年ほど前に、又信会東京支部の活性化を図るということが執行部の中で議論され、幹事長役割分担化・年次幹事の見直しと徹底・代表幹事制・総会担当の輪番制・若手幹事の積極的起用などが決定されると同時に幹事体制の若返りが行われました。その際なかなか決まらなかったのが会計担当です。

この仕事は東京支部の資金の入出金という間違いが許されない担当であると併せて肌理細かな管理が求められます。其の時最後に引き受けてくれたのが黒川君でした。

彼は勤務先の執行役員という重責を果たしながら、代表幹事として平成以降に入会した若手幹事への積極的な働きかけ、経済21回生幹事として同期への連絡と併せて、正確性が求められる会計幹事をこの3年間務めてくれたのです。

4月3日彼を見舞ったときも、会計担当の引継ぎを大変気にしていましたが、最後まで自分の役割を果たすという姿勢は彼らしいと感じると同時に立派に感じました。

本当に早すぎる別れに、今でも信じることができません。残された我々としては、彼のご冥福をお祈りするのみです。

合掌

 
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